おじば。

マチ町には昔話がひとつある。

昔、あるところにお爺さんとお婆さんがおりました。
そんなある日、お婆さんが芝刈りから帰ってくると不思議なことが起こっていました。
お婆さんが二人いるのです。
お婆さんは瓜二つで見分けがつきません。
双子というはなしも聞いたことがありません。

お爺さんは、お婆さんしか知らないことを聞こうとしましたが、結婚記念日やら誕生日やらそういったことをまったく記憶して生きてこなかったのでお話になりませんでした。
共通の趣味もなく、いまさらながらお爺さんは自分達の夫婦生活が形だけのものであったことを思い知りました。

しかし、何事もやがては慣れることができるのか
ほどなくお爺さんとお婆さんとお婆さんは何事もなかったように生活をはじめました。
若い男と娘と娘であったならいろいろ起こったことでしょうがそこは老人、三人の間にはゆるやかな時が流れました。

そんなある日、川へ洗濯に行ったお婆さんズが帰ってこないので心配したお爺さんは迎えに行くことにしました。
川辺に着いてみると二人のお婆さんは一個の大きな桃を挟んで喧嘩していました。
どちらが桃をたくさん食べるか、自分がその頭数に入っていなかったことに少なからずショックを受けながらその場はお爺さんがなんとか収めておじばあさんばあさんたちは桃を家に持ち帰りました。

家に帰ってみるとお婆さんズは、先程までどちらが多く食べるかで争っていたのをすっかり忘れて「こんなに大きな桃、三人で食べられるかしら」などとはしゃいでおりました。
そんな態度にちょっと桃が腹立たしくなったお爺さんが「竹ヤリで桃を突いてもいい?」と言い出したりしましたがとりあえず桃を割って食べてみることにしました。

桃が割れると、ちいさな桃の種の中から赤黒く毛深い筋肉質な腕がにょきりと生えだしてきました。
腕が完全に出ると次に角が生えた凶悪な頭が現れました。
鬼です。
桃の種から鬼が現れました。
急な出来事に、お爺さんは腰を抜かしてへたりこんでしまいました。
そんなお爺さんに、鬼が容赦なく飛び掛かります。
そばに落ちていた竹ヤリも踏み潰されてしまいました。
そんなお爺さんと鬼の間に飛び出した人物がおりました。
もちろん、お婆さんです。

お婆さんが鬼にぶつかった瞬間、お婆さんと鬼は砕け散りました。

あまりのあっけない出来事にしばらくお爺さんとお婆さんはへたりこんだまま顔を見合わせましたが、鬼が踏み潰した桃の残骸と折れた竹ヤリが事件は夢ではなかったことを物語ります。
二人は桃の大丈夫なところを食べて夕食にしてその日は眠りました。
お爺さんは砕け散ったお婆さんのことを思って涙を流しましたが、ふと
砕け散ったお婆さんはいったいどちらのお婆さんだったのだろうと思いました。
長年連れ添った妻だったのか、最近現れた妻だったのか。

考えても困るだけだったのでその後もお爺さんとお婆さんは死ぬまで一緒におりましたし、
秘密もお婆さんのお墓のなかに大事にしまわれましたとさ。