待ち街

長い夢と永い夢

私が息をすることをやめてから随分たつようだ。 命がなくなる瞬間は覚えていない。 たぶん夢に落ちるように、命も落っこちてくれたのだと思う。 生きものとして一番幸せな死に方だったのではなかろうか。土の下敷きになってじっとしているのは生前思っていた…

ステレオジェニコ。

雨が降る寒い春の夜だと思っていたら、蒸し暑い初夏だった。湿気がまとわり付いて肌が痒くなってきたので掻くと掻いてすうすうとする隙間に湿気が入り込んでさらに痒くなったような気分になったので掻くのをやめて我慢した。 原田は、原田と書いて「はるだ」…

夢日記

旅行に行った。静かな海辺の旅館で名物は「とつきとおか」と言う名の砂風呂だった。砂をお腹のうえに山盛りにのせた姿が妊婦さんに似ているからだろうか。 やらなかった。友達と、友達の母校の吹奏楽部が近くで大会があるというので見に行った。行ったのだが…

たぬき。

あたたかく、柔らかい光のなかに音楽が満ちていた。ゆったりとしたリズムに体を揺らしゆらゆらと漂っているうちにいつしか揺らぎは踊りに変わっていた。腕と足がじんわりと痺れて頭のなかは生温い液体が、滲みだして満ちている。踊っていたらいつのまにか一…

星の欠けら。

しかくい、私たちの、狭い、けれどよく光のあたる庭に星の卵が生まれた。きらきら光るガスがもやもやと集まってうずまいていた。触れると体の一部が砕けてしまうという噂があるが本当だろうか。あるピアニストは両腕を、また、あるダンサーは両足を失ったの…

春、その四

トラクターの轍が道に土と草の縞模様を付けた道をゆく。 晴れているのに乾いているのに足元がねばっこい気がする。本当はぐちゃぐちゃ思い悩んでいるのはわっちのほうだったんじゃないかという気がしてきた。 ふと気が付いたら田んぼに落ちていた。生暖かい…

春、その四。

古くてがたがたなバスに揺られて二時間以上たつが、いつまで経っても妻の住む土地へ辿り着かない。やっぱり妻はわっちにもう会いたくないのかもしれない。わっちらの間には ふかい 悲しみがあって妻はふたり 一緒にいるよりもいっそ遠くはなれていたほうがい…

 春、その三。

妻が消えて約一年、わっちは色々なことを考えていた。一番考えていたことは なぜ消えたのは妻であったのか、ということと なぜわっちが妻の前から消えてやらなかったのだろうかということである。これは自慢であるが、妻は結構な美人で性格もたいそう明るい…

春、その二。

外からやってきたという女は時々、妙なことをした。とても晴れた日になると彼女は軽く着飾ってわたくしに指で四角を作らせるとそこからのぞいた空間の中に入り込みにっこりと笑って「ハイ、ちーず」よくわからない言葉をわたくしに喋らせるとありがとうあり…

春。

わっちの妻が姿を消してから、約一年になる。姿を消した妻は毎月どこかしらから一枚、自分の姿が写った写真を送ってくる(消印はない)。今朝がたポストに入っていた写真の妻は青い空のしたで微笑んでいた(空が高くて気持ちが良さそうで、遠くに風車が見え…

チマチマ

君とゆく その先は 曇りの空だ 誰も いない 街だ「耳が ぼこってなった」冬の冷たさも二人なら笑い話になる早足の僕と えっちらおっちら小走りですこし前を行く 君と 目的のない旅のように 歩くただの散歩であるとも いう遠くで 電車の音がきこえます遠くで …

においぬ。

いぬをひろった。白い犬。くんくんふんふん、とにかく匂いをかいでくるので「においぬ」と名付けた。匂いを熱心に嗅いで嗅ぎまくった挙げ句さいごはいつも「ウェッ」という。ウェッ、のときにちょっと嫌そうな顔をする。でもすぐまた嗅ぎにくるからばかいぬ…

連想『田紳有楽』

のんべえが、ぐい呑みの中で泳ぐ金魚に恋をした。男は月を白くざらざらしたぐい呑みに浮かべ尾ひれをゆらゆら揺らしている金魚を見ていた。中身が酒なのか水なのか、覚えていないが狭いぐい呑みの中をくるくるとしている赤い金魚がたまらなく愛しかった。あ…

ケーキ。

ケーキを買った。とてもさむい、寒い夜だった。ケーキやさんは閉まっていたのでコンビニをあちこちまわって、今はコンビニも高級志向でケーキの値段が高いなあとか思いながら三軒目のコンビニから一軒目の店に引き返していちばん安くて小さいホールケーキを…

おじば。

マチ町には昔話がひとつある。昔、あるところにお爺さんとお婆さんがおりました。そんなある日、お婆さんが芝刈りから帰ってくると不思議なことが起こっていました。お婆さんが二人いるのです。お婆さんは瓜二つで見分けがつきません。双子というはなしも聞…

スリーアウトチェンジ

兄と妹がすんでいた。兄はやさしく、妹はうつくしかった。兄はいつでも妹をゆるし、妹はいつまでも兄をあいしていた。やがて兄はマチ町の古い一軒家に引っ越し、残された妹は婚約した。婚約をしては破棄を繰り返した。婚約者たちにたくさんたたかれたり、の…

ハローハロー

寒い寒い日のなかの、少しだけ暖かい日に生まれた男は駅のホームに立っていた。行き先は特に無く、バイト先に行くという行き先はあるけれど足は惰性で向かっていく感じで少しだるかった。俺は一ヶ所に落ち着いてしてしまう男だからここにいる、と何度か彼は…

夜市

きつねと呼ばれる少年がいた。彼は、狐になりたかった。こうべ作り見習いユキオのうちを度々訪ねてはユキオの作った骨をかぶって狐のように振る舞った。骨をかぶったままユキオの手を引いて夜市に出掛ける。夜市は毎日が縁日のようで人間もけものもそうでな…

算数

目覚まし時計より30分はやく目が覚めた。やった、あと30分眠れると喜んだ。喜んだが、時間が気になって眠れなくなった。あと292827262524分…眠ることのできる時間はどんどん減ってどんどん起きなくてはいけない時間が近づいて時間に区切りがあってその中に閉…

町には塔が立つ

町に塔が立った。子供が空き瓶に土を固めて盛り立てたようなごつごつとした茶色い景観の塔は、しかし中は象牙のようにすべすべとした何もない空間が広がっていた。フロアは床が丸いので、清掃員は野球のブルペンの土をならすようにくるくるとモップを動かし…

マチ町に住む女の話

マチ市という市にマチ町という町があってマチ町の駅のそばの四階建てのアパートの四階の右から二番目の部屋にこうべ作りの見習いの女が住んでいた。こうべ、というのはしゃれこうべのことで女はマチ町に住む狐たちが美女に化ける際に用いる頭蓋骨を作ってい…