グランドクロスが起こる。

どこの職場でも、個性的なお客さまにひそかにあだ名をつけたりしていることかと思います。
私の働いているところでも、ひそかに心の中であだ名を付けている方々がおります。


まず、「将棋」

以前日記にも書いたような気がしますが、自分の読みたかった将棋雑誌が借りられているが自分から返すように言うから相手の名前を教えろと我儘言ってた爺さんです。
声が大きく、入ってくるなり「夕刊はきたか!あれをだせ!ペンと紙をくれ!」と言ってきてすぐ出さないとすぐ怒りだすのが特徴で。
ちなみに、あれとは老人用ルーペです。


そして次に「しんぶんさん」

閉館間際に入ってきて片っ端から新聞を読み漁り、閉館してもまだ居座る水木しげる先生の漫画に出てくるサラリーマンみたいな顔をした男性です。


そして最近加わったのが「ヤンキー」

彼は容姿がヤンキーなのではなく、「ヤンキー先生母校へ帰る」が愛読書なのでヤンキーと呼ぶことにしました。
常に挙動不審で、近くに小学生の女の子が近づくと軽く付きまとったり、本の隙間から足にねっとりとした視線を注ぐので、現時点で一番油断がなりません。


最後は「りょうちゃん」

こどもです。
水商売ぽい雰囲気のお母さんに連れられてやってくる彼は、目を離すとすぐに外に出てしまったり水を撒いたりするのでちょっとめんどくさい存在で母親も図書館を託児所と勘違いしているのかほったらかしで
以前書いた「チビ」と呼ばれていた子ですが最近やっと名前で呼ばれるようになりました。


長い前ふりになりましたが、今日はこの四人が主人公です。


この日、私たちは三日連続で姿を見せている「ヤンキー」の様子に目を光らせていました。
下校中に立ち寄った小学生の女の子が彼のそばをうろうろしそうになったらそれとなく近くにいたり「何を探してるの?」と声をかけたりしながら、ヤンキーに動きがないことに安心しつつ
彼が図書館の本(もちろんヤンキー先生です)を読みながら鼻をずっとほじっているのにはらはらしたりしてました。

そんな微妙な緊張感の中、突然「毎日新聞の夕刊はきてるか!」と「将棋」が現れたのです。

「将棋」はいつものようにルーペと紙とペンを用意させると新聞コーナーにゆき
「夕刊きてないの!」と叫びました。
「他のかたが読んでいらっしゃるみたいですよ」と伝えると「将棋」はそうかそうかと独り言を呟いたかと思うと、隣で夕刊を読んでいた作業員風の男性にむかって「ちょっとその新聞貸してくれ!」と新聞を引ったくろうとしたのでした。
このでかい声と横暴な態度に腹を立てた男性が「うるせえな、じじい!」と思わず言ってしまった事から、「将棋」も激怒、「なんだとー!」と掴み掛からんばかりの喧嘩に発展してしまいます。

明らかに「将棋」が悪いのですが、お互いに江戸っ子気質なのか「表に出やがれ!」「ぶちのめしてやる!」と口調が穏やかではありません。
うわー、表に出やがれってリアルで初めて聞いた…!と思いつつ職員総出で引き離してなだめにかかったのですが、収まりかけると必ずどちらかが「悪いのはてめーじゃねーか」「なんだとー!」となってしまうのでなかなか収まりません。
そしてさらに「将棋」は手に先の尖った傘やらペンやらルーペを持って振り回しながら怒るので、仲裁する人たちもひやひやしながら私は思わず傘の先端をがっしりつかみながら「まあまあ、ね、ね」と声をかけていました。

そんななか、いつも通り新聞を読みに「しんぶんさん」までやってきました。

「しんぶんさん」はいつもと違う険悪な現場に、小動物のようにびくつきながらちょっとためらった後
ちょこちょこちょこーっと人垣を軽いフットワークですりぬけつつ、喧嘩をしている二人の背後にコソーッと手を伸ばして東京新聞を掴むとするりと身を翻して「ヤンキー」のいるあたりに逃げ去ってゆきました。
その動きの、あまりの華麗さにやっぱり彼は何かの妖怪なのかもしれぬという感想を抱かずにはいられませんでした。
しかも、もし彼が手をかけていたのが件の「毎日新聞」だったらさらに別の悲劇が生まれていたことでしょう…。

「ねえ、あのおじさんたちなんで喧嘩してるの?」と小学生の女の子に聞かれ「うん、あれはね、ちょっと貸し借りのね、意思の疎通がね、うまく行かなかったんだと思うよ…」と答えた頃にやっと喧嘩も収まり「将棋」がぷんぷんしながら帰ってさあ一息つくぞーと思ったその時でした


今日作ったばかりの手書きの「じどうしつの行事のおしらせ」に、いつの間にかやってきていた「りょうちゃん」がハンカチに浸した水を撒き散らしておりました……。