ねこの玉子

ねこのたまごをいただいた。

幼児の握りこぶし大の白くてつるつるした球体を、まっさらな木綿のハンカチをしいたざるに入れ床の間の涼しい辺りに置いておいたそれは
何日かしたらだんだんうっすら子猫の顔めいたものが浮かび上がってくるようになり、たいそうかわいらしいものだねと家人たちと顔をほころばせた。
家に昔からいる古猫クーは、嫉妬するかと思えばそんなこと私は知らないワという顔をしてつんと尻尾を立て廊下をついついついと歩いてゆく。

しかし、玉子の膜がだんだん透明度をましてくると、次第に玉子が少しづつ誰かに持ち去られるようになってしまった。
ねこの玉子はねえ、生まれるちょっと前のやつを口に入れるつるっとした喉ごしがよくってねえ、たまらないよう。
と誰かの声が床の間の掛け軸からして、かたかたと絵が動きだしたかと思うと青白いしわしわの手がすっとのびて玉子をまたひとつさらっていった。

家の者が警戒していても残りは三つになり、玉子が孵るのが果たしてみられるものか皆が不安になった。
移動させようにも玉子はもうほとんど透明のぷるぷるになっており、五つ残った時に家人が持ち上げてみたが、ぱちんと弾けてしまい
中に収まっていた半透明のぼんやりした子猫が微かに首をもたげてにゃあと鳴いてさっと水に還ってしまったのを見て以来誰も触れられないでいた。
歯痒いことに、掛け軸の手のほうはひょいと玉子をつかんで持ち去ることが出来るのだった。

そのうちいつのまにか、三つの玉子がふるふる小さく震えだした。

「孵りたての猫!」と声がして掛け軸から手がしわしわ、つるつる、ぼうぼう三本勢い良く飛び出したと思ったら今までだらりと寝てばかりだった古猫クーがダッと玉子の前に立つと、恐ろしい声で鳴き声をあげ三本の手に噛み付いたり引っ掻いたり引き裂いたり獅子奮迅の大暴れをしてついには掛け軸をびりびりにしてしまった。

手はそれから現れなくなり、ねこの玉子は無事孵ってクーの後を三匹よちよち歩きで追い回し縁側で寝ていたりするのであった。