五つの国の話の続きを久しぶりに

私は幼い、小さな小娘に過ぎなかった。
いつも微笑みを絶やさず飄々としているあの方は、どのような苦境に落とされたとしてもすぐさま驚くべき秘策を生み出して皆を、あの地の底の地獄のような戦場から地上へ導いてくれるものだと思っていた。
机に両肘をつき額を預け、疲れた瞼を閉じるあの方の姿には、皆が慕う暖かさはない。
ひとたび微笑を沈めるだけで表情は、なんと冷淡に見えることだろう。
「お前たちは、馬鹿だ。」
私たちは、とても弱い。自分たちだけでは何も行わないのに、ただ、あなたが現れて少しだけ希望をちらつかせ背中を押した、それだけでここまで来てしまった。
「私は、貴方にいくら騙されても利用されても、お慕いしています、ずっと、一生」
その証をどうやって示したらよいのか分からなかったので、顔を上げて私を冷たい目でじっと見る彼に近づいて、初めての口付けを捧げた。
恐れ多く、など考えもしなかった。
軽く触れるだけ、掠めるのとなんら変わらない口付けにすべての気持ちを込めた。
この一瞬にすべてを捧げてしまったので、もう私には一生この方を慕う以外何も出来ない。
思わずにらむようになってしまった私のまなざしを受け止め、ふっと流すとあの方は爆発するように笑った。
「本当にお前たちは、馬鹿だよこんなところまで来ちゃって、来るようにさせられたのにさあ。僕なんかを信じるから!」
笑ううちにどんどん表情がいつもの飄々としたものへと戻ってゆく。
奉り上げられ皆を導く指導者の顔。
「僕たちはただの商人の集まりでしかないんだから、利益と自分たちの身の安全を第一に考えなきゃいけないね。・・・みんな、生きて帰さなきゃなあ。がんばんなきゃなあ。」
下を一瞬見て、口角をきゅっと上げる。
「ま、やってみようか、できるだけ」
そう言うと、みんなで帰りましょう、緑の草を踏みましょう、こんな氷だらけの世界なんて、語り部の伝承にしてしまいましょう、と意気込む私の両肩に手を置くとくるりと後ろを向かせた。

「成長するまでおあずけ、でもちょっとだけ、先払い、して」